【第七回】相子智恵句集『呼応』

相子智恵『呼応』

 

郡司和斗五句選

ゴールポスト遠く向きあふ桜かな

日盛や梯子貼りつくガスタンク

紙吹雪固まり落ちや初芝

まゐつたと言ひて楽しき夕立かな

ハンガーにハンガーにかけて十二月

 

 

塚本櫻𩵋五句選

古着屋は他人の匂ひ冬の雲

ひもの屋の干物のための扇風機

夢ヶ丘希望ヶ丘や冴返る

阿形の口出て銀漢や吽形へ

眼前の橋灼けてをり眼とぢても

 

 

 

𩵋:まず句集全体の感想だけど、正直最初に読んだときは、あまりグサリとくる本じゃなかったんだよ。丁寧な日常と発見の句が並んでいて、わかる、わかるんだけど自分にとっては少し物足りなかったんだよね。でもちょっと積んでおいて少し経ってからぺらぺら読み返してみたときに、「半透明」の章からすごく自分にハマってきた。一発で魅せてくる句集じゃなくて、読み解きによってじわじわと侵食してくるよさがある。それからは大好きになったね。今回郡司くんの選句の提出が若干早くて、僕がメモしてたのと結構被っちゃってる感じだったから逆にみんな選ばなそうなところをセレクトしてみました!

和:その役割を期待してました、ありがとう。

和:『呼応』は発売してすぐ買って読みました。実は私も感想が近くて、あんまりハマりはしなかったんですよね。好みの問題もあるから言い訳っぽく僕のハマるラインを前もって言っておくと、第一句集だと藤田哲史『楡の茂る頃とその前後』とかがツボです。

𩵋:お、じゃあこれは若干プレゼンの様相も帯びてくるな。トップはど真ん中の句を話したいのもあるしぐんじくんの奴からいこか

和:あ、じゃあ選んでええよ俺の中のいちばんど真ん中

𩵋:ゴールポストかな

 

ゴールポスト遠く向きあふ桜かな


和:グラウンドを囲むようにして桜が咲いているのかしらね。「ゴールポスト遠く向きあふ」って書くだけでこんなに空間が立体的に浮かび上がってくるんだと驚いた。百日後に死ぬワニの最終回のコマみたいに桜がわああってある絵が浮かびましたね。たぶんだけど、サッカーの試合はしていないと思う。無人のサッカーコートにゴールポストがしんと向き合っていて桜が冷酷に吹雪いている感じで解釈しました。

𩵋:やっぱりそうよね、誰もいないサッカーコートっていう感じがするね。距離を置いて向き合っている、やっぱりこういう気づきが作者の強みというか、丁寧な描写がいいと思うな。流行に左右される季語じゃないところも好感だし、桜はどう景色を見せるかが難しいと思うから、サッカー場大きく捉えたのはクリティカルだよね。

和:クリティカルいただきました。サッカーと桜っていままであったっけ、組み合わせ。

𩵋:うわっ、なんかすごいゾワっとした、たしかに僕いつもクリティカル言いまくってるな……。サッカーと桜みたことないし、むしろちかいね

和:いや、そう、どっちかっていうと近いネタを成功させるのってほどよい距離感ある取合せ作るよりよっぽど難しいなと思って。いいじゃんクリティカル言いまくろうよ。ゴールポストって存在自体は、かなり現代的なんだけど、まあでも玉蹴り遊びとして雑に捉えると、昔の人が蹴鞠の和歌を詠むときとテンションは同じなのかね。

蹴鞠の和歌詠んだ人の気持ちはわからないけど。

𩵋:ガチ読みすると……向き合うにある戦いのイメージの臭み消しみたいなところもあるよね。内容で捉えるんじゃなくて空間で捉えることで、僕らやっぱり人がいないイメージは共通してたじゃん。たぶん桜だから無人を連想するんだよね。

和:戦い、か。抜けてたな、その読み。確かに試合するしな。無意識に桜によって戦闘感を消されていた。次いこう。

𩵋:いきやす

 

古着屋は他人の匂ひ冬の雲


𩵋:よく高円寺で古着買うんですが、どちらかと言うと「古着屋」そのものが好きなんです。古着屋って狭くて埃っぽいんですけど、ほんとうに宝探し感あって最高なんですね。高円寺にペーパームーンていうお店があるんですが、ほんとうに雑居ビルの見逃しちゃうようなところにあって、急な階段登って店の扉開けると布の圧がガン!って感じで、レジ前で焚いてるお香の煙ががライトにずっと当たってるから色変わっちゃってるのよね笑

だからね、この「他人の匂ひ」っていうのはね人のお古だから他人の匂いなんじゃないんだよその場所の、カルチャーの匂いなんだよね。だから「古着屋はカルチャーの匂い」くらいのこと言ってほしかったという、そういうわけでいただきました。決してディスだけではなくて、冬の雲、絶妙だなとおもう。自分も古着屋の句つくることあるんだけど、古着屋に合わせる季語は難しい。目借時とかいいんじゃないかなと思ってつけてみたりする。でもシンプルに冬の雲はなんかいいね、狭い店から出た時の開放感もあるし、逆に狭いから外の広さを感じるのかもしれない。

和:高円寺いいですね。一回高円寺の古着屋巡りしたの覚えてる。

𩵋:いったね(笑)。

和:ただ単にお古だから他人の匂いってだけじゃないの、わかる。古着屋っていう空間に積み重なった他人性、みたいな話だなと。冬だから、コートとか着込む用の服探している場面なのかな。夏服より冬服のほうが〈匂い〉性が高いなと個人的体感としてあるから、季語選択はまあ納得する。なんか謎の幸福感ある句よな。カルチャーを感じるってそいうことか(?)

𩵋:冬服の方がにおいが強いっていう読み、すごくよいな。たしかにそうだね、生地そのもの厚さもそうだけど、冬の方が他人のそういう部分を多く感じる季節かもしれない。

 

日盛や梯子貼りつくガスタンク


和:中七下五についてはもうなんか今更言うことないな

𩵋:これ取り合わせがうますぎるよね

和:日盛にこの場面を見出したのがエグいね

𩵋:ガスタンクの熱そうな感じとうだるような熱さの中で鉄臭い油臭い感じ

和:そうなのよね、んで加えると、熱さに油とか鉄を合わせるのはあるあるそうなんだけど、ガスタンクを見つけたのってもう一段回上の目の良さだなと

𩵋:梯子なあ。張り付くなあ

和:工場萌えとかジャンクション萌えじゃないけど、ガスタンクフェチ的な意識の研ぎ方って意外と穴場だった。

そこにディティールを足す梯子ね。いい意味でのトリビア感。あっついなかガスタンクを観察して、バカでかい緑色の球体とかいう、改めて考えると謎すぎる物体の迫力をよく描いている。

𩵋:給水塔とかダムは擦られすぎた雑味みたいなものがあるけど中にガスをたっぷり貯めた球体って考え直してみると確かに面白いね

和:ガス貯めた球体ってなんなんだろうな……。本体はガスなんだけど、形がないから容器が本体みたいになるという、倒錯……。これからもガスタンクの謎を紐解いていきたいと思います。次どうぞ。

 

ひもの屋の干物のための扇風機

 

𩵋:ふつうに表記の使い分け気に入ったからとりました、

言いたいことはほんとうにそれだけだね。あとは観光地の感じでてて素朴にいいね。ひもの屋。おつけもの屋。おまめ屋。みたいな店名の表記めちゃ好きなのよね、あともっというと ばぁむくぅへん みたいなのもすき

和:あざいといけどッッそれでいいッッみたいな。干物がぱたぱたゆれて妙な楽しさがあるわね。でも干物って割とグロい見た目してるし、単純なゆかしさだけじゃないな。観光地読みは前後の句から?

𩵋:いや普通にこれは観光地に違いないて読んでた。絶妙な扇風機の角度なのよね。

和:あ、勘違いしてた

𩵋:なんやなんや

和:観光地感は確かにちょっとあって、それとはまた別の話として、主体が観光者だと桜魚さんが言っているのかと思った。主体がどういう人かは特定できないし、なんなら別に人間が存在していなくてもいい句だから、勘違いしてたという。

𩵋:そういうことか! いやあんまり考えないでちょっとある観光地感だけでしゃべってた! ただやっぱり干物のために扇風機が回ってる状態って絶妙に購買意欲をそそりそうだよね。匂いとか、その場の空気感というか

和:プロモーションとしてやってる感はあるかもね。

𩵋:臭いの打ち水ということか

和:そういう点から観光地感はあるのはよくわかる!

𩵋:そんなもんでしょうかね、シンプルによかったです

 

紙吹雪固まり落ちや初芝


𩵋:落ちや えぐいな

和:これよく落ちや、にできたな。固まり落ちってコロケーションをしれっとやってるけど別によく見る形ではないし。落つ、落ちたる、落ちにけり、落ちて、句にするときいろいろ収め方の選択肢あるけど、「落ちや」でしかイメージされない紙吹雪の動きってあるな。今ちょうど正月ですけども、やっぱ紙吹雪のごわっと感とか芝居で生の演者の動きに触れられるところとかめでたいっすよねえ。

𩵋:正月の芝居だからかなり人が入ってて、主体はちょっと後ろから客席含め座を俯瞰していると思うんだけど気づいちゃう感じがいいよね。

和:安田大サーカスということでね。

 

夢ヶ丘希望ヶ丘や冴返る


𩵋:ちょっと小馬鹿にしてるていうか、軽く呆れてる感じがいいね。つくばみらい市みたいな感じよね、冴返るだからもうちょっと深刻に嫌がってるのかもしれないけど。

和:句集に入れるのためらいそうな句というか、短歌っぽい論理で詠んだ情緒がちらちら出現しますよね。この句集。

𩵋:わかりますなぁ。帯句の群青世界も若干短歌ぽい理屈だよね。

和:そこが他の句集より評価される理由なのかなそんな単純化して言えへんけど。

𩵋:跋文とか小澤實さんの文とかでも触れられてるけど表現としての垣根は別にないんかね「俳句でも短歌でもどっちでもよかったけどたまたま俳句になった」みたいなこと書いてあった。

和:なんか書いてあったねそういえば。

𩵋:でもやっぱり作者は季語の斡旋がめためた決まってる句というより、じわじわ措辞でみせてくるタイプだと思うな。

和:でも構造はやっぱ俳句って感じやな(ふんわり)。

𩵋:そうね、でも桜はうまい。

和:地名+季語くらいの力の抜き方で作品が一つ成立するって凄いことっすよ。歌会でたまに合気道みたいな歌って評が出るんだけど、そんな感じ。

和:夢ヶ丘も希望ヶ丘も神奈川の話のよね?

𩵋:そんな特定せんでも(笑)!

いや、そんなこともないっぽいな。割と全国にあるおいおい学校名にしてるところもちょこちょこあるじゃねえか……

𩵋:希望ヶ丘小学校まじで草、再現ドラマの小学校やん

和:ああ、フィクショナルな視座がこの句の大切なところだったか。

𩵋:盲点じゃん

和:アイロニーももちろんありつつ、地名が持つ歴史の虚構性とかそういうものへの批評を読むほうがいいのかもしれない。

𩵋:希望ヶ丘なんか会議室で適当に決められてるわけだからな。希望ヶ丘が決定した会議には候補で夢ヶ丘も出てたはずだし。逆もまた然りよな……。

和:ディストピアだなあ。

𩵋:ディスコだ……。適当なこというてすみませんでした次どうぞ。

 

まゐつたと言ひて楽しき夕立かな


和:これはもうディスコだね。

𩵋:これはディスコ。

和:いやーまいったまいったって言いながら雨宿りでもしてるんかな。

和:夜降り出した雪をみて「うわ、これは積もるわ」って言うときの「うわ」みたいな、ネガティブな言葉を使いつつそこに起きたイレギュラーを味わうことってありますね。句の中で「楽しき」って言っちゃうことの意味を考えると、なんだろう、「楽しくなっちゃってる自分をを楽しむ」みたいなことが起きてるのかな。「まゐつた」って言葉のゆるさ、明るさの加減は絶妙で、内容的にあざとくなりそうなところを、軽くさせてるのはすごい。江戸っこみたいなキャラクターが浮かぶ。さっと降ってさっと止んで、雨上がりの夕暮れに涼しい風とか吹いてきちゃったりして、そういう夕立の季語パワーを利用した上五中七だな。

𩵋:僕は放課後の想像したな。通学路って雨に濡れるだけでビックイベントみたいなところあって、楽しくなっちゃってる感じを楽しんじゃってる感じわかる。

和:まあシンプルに雨降ってキャッキャみたいなノリなのもわかる。夕立だからこその余裕よな塚本くん追加で言うことなければ次でオッケー

 

阿形の口出て銀漢や吽形へ


𩵋:なかなかこの句集では異質なモチーフなんだけど、句は作者らしい面白みがあるというかね。阿吽とかカチカチによんでしまうんだけど、あの絶妙な間に銀感をみて、かつ口から口へという表現にしたのはおもしろかったな

和:阿吽と銀漢の組み合わせってイメージ過剰になるかと思ったけど、なんか意外とあっさりしてる印象だな。はじめとおわりに宇宙が挟まってる構図は、そのまんまっちゃそのまんまって感じだけど、「口出て」って言えたことが良かったのかな。銀漢が観念的な領域に収まらずに、妙な手触りをもって表れてくる感じがする。

𩵋:阿形と吽形のあいだってほんとに絶妙な距離感だよなそこに銀漢ぶち込んできたのはおもろい

流星の使ひきれざる空の丈 鷹羽狩行

こういう感じで星詠もうとすると見える範囲すべて言いたくなっちゃうんだけど、これは阿吽をふまえて阿吽に収束するから妙な面白さがある

和:あ〜、なるほど、星詠むときってたしかにそうだ。阿吽っていうフレームというか、枠をつくる視点が意外性あるか。

 

ハンガーにハンガーかけて十二月


𩵋:はい

和:月の句って取り合わせ難しいよな。

𩵋:ハンバーガーじゃつまらんしな。忙しさというか若干の余裕のなさみたいなのがでてていいかな。

和:忙しさか、なるほどいいな。俺は、ハンガーにハンガーかけるってなんか、飾り付けみたいだなと思った。誕生日のときとかにやる、折り紙の飾り付けみたいに、ハンガーが連鎖する。十二月のきらきらした雰囲気に、近からずも遠からずという感じで、かなり納得したんよ。

𩵋:飾り付けねー、その線もありやな

和:飾り付けではないけど、なんかそれっぽいなと。あとは、ハンガーの連なりが、その一年間の連なりの象徴っぽくもみえる。

𩵋:しっかり季節を考えて読むと、冬って長いコートとか着るからさ、クローゼットに入らないで外に出しておくこととかってあると思うのよね。コート掛ける用の太くて強いハンガーに明日の服とかをとりあえずかけておくみたいな感じは十二月によく合うと思う

和:ところでハンガーにハンガーかけたことある? 俺はなくて、この句は実はあるあるのようでないないなのではとないかと思ったんだけど、普通にあるあるか?

𩵋:いやあるよ、これは“あるある”でいいとおもうよ。

和:ぜんぜんあるあるか。

𩵋:なんかおもろいな

和:ハンガー×ハンガーということでね

𩵋:ラストですかね

 

眼前の橋灼けてをり眼とぢても


こちらですね

𩵋:狙いすました一句というよりは言葉がすらすら出てきた感じが、むしろ、するというか、割と全部強い言葉なんだけど言ってることはシンプルで、かつ灼けてる物も別にふつうに橋なんよね、なんか作者にしては鬱屈がある感じもするというか、ちょっと気になった一句だったなあ。

和:下五の展開が、澤調ってやつですか?

𩵋:そういえばどうなんかねえ、澤調のほんまの定義がわからんけど、それっぽいけどそうでもないのかなあ。

和:適当なこと言ったわ。澤調よくわからん。てかそんなものをあると見なしていいのかも怪しいしな。火事系の句っておもしろくなりすぎて難しいと思うんだけど、結構意味内容はすっきりしてるよね。この前の勉強会のみなちゃんの句思い出した。まなうらが白いうんぬんみたいな(みなちゃんの句は発掘できませんでした。)

𩵋:いや火事じゃなくて「灼けて」は夏の季語で、くっっっっそ熱いってことなのよ。むしろ橋の火事俳句は詠みたいな。

和:灼けてって火事扱いじゃなくてただ熱いだけか

無知無知を晒してしまったな。

𩵋:cute...////

和:まあじゃあふつうに、橋のあちあちな感じが目を閉じても伝わるぜってことね。視覚的な明るさの話じゃなくてね。あ、でも日中だろうから日に照らされて眩しくなってる、みたいなニュアンスもあるか。

𩵋:眩しい感じはめちゃくちゃあるね。なんか欄干だけ鉄製みたいな橋あるよね。ていうかそういう橋の方が多いか。

和:公園とかにあるちいちゃい橋以外は、まあふつうに耐久性の関係で鉄で骨格作るよね。表面だけ木とかにする。「眼とぢても」っていうけど、「ても」ってより、眼を閉じたからこそより灼けてる感じが伝わってくるところはあるよね。

𩵋:わかるなあ。眩しいのって目を閉じたときに光が焼き付いてるのがわかって初めて実感するみたいなところあるから

和:はいはい。ちいちゃんのかげおくり的な光の感じ方ね。

𩵋:それだわ。言いたかったの、……ということで、終わりですかね。

和:ないすぅ。

𩵋:いい句集だったな。というか勉強になった。この雰囲気なかなかない句集だから。相子さんのファンになっちゃうね。

和:初読時にはハマらなくても、他の人と読み合わせるとテクストの良い面が浮き出てくるという、読書会のシンプルな効能を感じましたね。あざした。