【第三回】鴇田智哉句集『エレメンツ』

 

鴇田智哉『エレメンツ』


郡司和斗選十句
うららかに手の持主が来るといふ
一をかぞへる噴水の一時間
この秋のをはりの旗を配らるる
火が紙にくひ込んでゐる麦の秋
かなかなといふ菱形のつらなれり
うなづくと滝の向うの音がする
きのふをととひと次第に玉になる 
すぢかひのつめたさ空の組み上がる
t t t ふいにさざめく子らや秋
あきらかに私の位置に鹿が立つ

 

本野櫻𩵋選十句
澄みわたりけり三角にあらがふ子
とまる蛾にさかさまに来る人の貌
すぢかひのつめたさ空の組み上がる
かほの絵の服を着てからゆらゆらす
いうれいは給水塔をみて育つ
あした日に焼けた体がここにある
手の書きし言葉に封をする手かな
蜥蜴ゆく速さに喉をとほる水
海鼠ころがり遠メガホンの何か言ふ
なかにゐる水母のなかのずれてくる

 

 

𩵋:第三回はじまったな!(バカ声量)
今回は鴇田智哉さんの第二句集『エレメンツ』をよんでくよ!
まず全体の感想から......前作の『凧と円柱』にも感じられたことだけど、やはり鴇田先生の独特の「斜め」感がすごく気持ちよくあって、今回は加えて懐かしさや寂寞も感じられたな。それを話すのが楽しみ!
鴇田さんは、根を張っている句といえばいいのかそんなところを大切にしているみたいで、やっぱりそれも感じた。
前々回の「夜の水平線」はずっと真正面からぶった斬ってるイメージだったけどその違いもまた面白かった!

 

郡司:よろしくっすー。
個人的に鴇田さんの俳句は写実的な文体なんだけど内容は風邪の日にみる夢っぽいなーと思っています。特にこれまでの作品とか読んできていないのでエレメンツだけの感想しか言えないけどがんばります。

 

𩵋:じゃあさっそく!

 

澄みわたりけり三角にあらがふ子

 

𩵋:季語がいいよね。まず頭でドカンと状況をおかれて、そこにあらがふ子が出てくる。しかも三角に。単純に駄々をこねている子を思ったけど、それが三角の暴れようであると、でも暴れたら手足二本ずつが頂点にあってばたばたすると思うから四角になると思うんだよ、でもやっぱり三角なんだよね。これはちょっと相原かろさんの《電車にて知らない子どもがこねている駄々がいよいよ人語を越える》を思い出した。なんか超えた感。

 

郡司:三角っておもちゃのことかなーと思ったけど、形而上の問題にこどもが取り組んでいるようにも思えておもしろいね。あと澄みわたりけりって頭に書かれるとほんとにスカッとする。そのスカッと感と〈あらがう〉の重い感じがちょっと対比っぽくなっていて読んでてバランスいいなと思った。
これふつうに屋外のイメージで読んだ?

 

𩵋:そうだね。なんかお母さんに腕引っ張られてる子供のイメージ。

 

郡司:あ、てかそっちは三角を副詞的に受け取ったのか。

 

𩵋:え、そうそう。

 

郡司:俺は完全に三角っていうオブジェクトで読んでたわ。それに謎にあらがうみたいな……

 

𩵋:三角にってそういうことか三角の遊具にあらがうってことか。

 

郡司:桜魚くんの言うように動詞に三角が修飾するかたちで読めるってのはなんとなくわかる(文法的にというより鴇田さんの俳句を読んでいるとそういう読みも可能だろうなと思えてくる)。

 

𩵋:そうね、読みの違いおもしろかったね。

 

郡司:いうて俺の三角を遊具とかおもちゃとして読むってのもこじつけみは強いんよな。

 

𩵋:形を具体的に言われすぎてかえって抽象的なんだよね。

 

郡司:そう、あくまで三角なので、抽象的な世界を体験するしかない。

 

𩵋:それは〈あらがふ〉の動詞選択にも一因がある。

 

郡司:そうか、〈あらがふ〉って割と具体性を抜いて受け取れる動詞か。一句でずっとやりとりできるな……。

 

𩵋:できちゃうね!引いてよかった!

 

うららかに手の持主が来るといふ

 

郡司:修辞でじゃれているだけといえばそうなんだけど、なんだろうね、これも〈うららか〉がよかったというか、ぽかぽかした光の中から手と手の持主がぬるっと出てくるところに妙な滑稽さと絵作りそのものの美しさがあると感じたね。あとはそうねー、当たり前だけど手がない人も世の中にはいるわけで、その前提を含んでいる姿勢の作り方がうまいなーと。姿勢ってのは作句の姿勢。

 

𩵋:手は手の足は足の持ち主がいて、当たり前のように使役していてっていうことを感じるのはやはり〈うららか〉の精度だよね。もちろんこの読みをしなくてもいいんだけど、根底の温かさは共通するよね。

 

手の書きし言葉に封をする手かな

 

𩵋:これを引いたけどちょっと通じるものがあるね

 

郡司:〈来るといふ〉というぼかした落とし方も、〈うららか〉な雰囲気と合ってる感じする。あと、確かにその句とも近いね。自己の身体に対するまなざしが。

 

𩵋:無季語なんだけど丁寧に言葉を重ねているからすんだ空気感があって、描かれてはいないさまざまな季語が見えてくる感じがするよね。
身体の一部を手放したり、感覚として所持したり、鴇田さんの句はそういう部分がより丁寧でスキなんだな〜。(詳しくは第一回詩歌の焚火の最後の方でも話してるよ。)

 

t t t ふいにさざめく子らや秋

 

郡司:完全にTT兄弟の真似を子供がしている姿だと思った

https://youtu.be/yir2I0X6siA

 

𩵋:これね、もうその読みしかできなくなっちゃったよね。神保町の東京堂書店で句集見ながら話したの懐かしいな。

 

郡司:なつかしいなww。 まあTT兄弟が元ネタでも元ネタじゃなくてもどっちでもいいんだけど、急に脈絡のないことを言う瞬間ってあるよなとなんか膝を打つ句だった。さざめく、とかもいいよね、大袈裟で。

 

𩵋:〈子らや秋〉の落とし方もいいよな〜。上の句に意味が無いからより決まる。

 

郡司:前半の無意味さを無意味なままにしておくために〈秋〉ってデカく言うあたりもよい。あとやっぱり音読してたのしいのが好きな理由の大部分やな。

 

𩵋:韻文らしさだね。次行きます!

 

すぢかひのつめたさ空の組み上がる

 

𩵋:〈つめたさ〉が季語かな、と思うのだけど、無季として納得できる気もする。中上健次の小説は熊野の貧困階級の路地が舞台になってることが度々あるんだけど、筋交の冷たさとはそういう寂寞を表しているとも思う。〈空の組み上がる〉に収束する切なさというか、〈空の組み上がる〉を具体的に読むことは僕の力及ばずだけど空気だけでも十分に“理解る”句だった。

 

郡司:古文的な文脈でとるなら斜めに向き合うという状態そのものを概念的につめたいって言ってることになるのかね。でも〈空の組み上がる〉ってイメージから考えるにたぶん〈すぢかひ〉は建築技法のほうだろうな。作られる途中の、あの柱だけの家の原型と空の奥行きがドッキングしている感じがおもしろいと思った。

 

𩵋:お、それいいね! 建築物として読んでもおもしろいな〜!

 

郡司:意味よりイメージのよさで取れるんよ。

 

火が紙にくひ込んでゐる麦の秋

 

郡司:ふつうに端正な写生。キャンプとかで物を燃やすときを思い出したわ。マジでこの通りって感じ……。あと、実家の周りでこういう状況のジジイとかたくさんおるわ、田んぼの横で火をつけてるジジイ。

 

𩵋:わかる、これも言い回しがいいよね。キャンプしたくなるな〜。最近全然焚火できてない。

 

郡司:まじで夏にキャンプしよう。それはそれとして、〈麦の秋〉って季語の、黄金色の背景がひろがる感じとかも、上五中七がシャープな描写なだけに、緩急がついてより広大に感じる。

 

かほの絵の服を着てからゆらゆらす

 

𩵋:花圃の絵の服を着たらゆらゆらしちゃうな〜というだけでとりました。これはシンプル好き句だったな。やっぱり技巧(といっても嫌なものではなく)の句が並んでいる中にこういう豊かな句があると気持ちがいい。緩急もこの句集の魅力のひとつだからね。

 

郡司:顔の絵かと思ってた笑。

 

𩵋:いやその可能性もある(真剣な眼差し)。

 

郡司:まあ季語ほかにないし桜魚の読み筋が基本だと思う。厳密には絵だから季語じゃないけど。この句は脱力系というかなんというか、かわいいよね。〈着てから〉のロジックも花圃に対する主体の思い入れみたいなものが垣間見れてよかったです。

 

𩵋:そうね、花圃っていうのがいいよね。たとえば海月だったらちょっとここまでいいかわからない。

 

郡司:海月の柄シャツとか着てるやつがいたらちょっと狙ってんなーって思うかもね。

 

𩵋:わぁる。

 

郡司:話もどるけど、もし顔の柄のシャツだったらと考えるとすげえ痛いイキリオタクが浮かんできてつらくなった。

 

𩵋:うわやめてうっわそうやって

 

郡司:www

 

𩵋:僕の記憶のどこかのページからガタッて音したわ。

 

郡司:桜魚氏は経験者でござるか?

 

𩵋:アイマスの映画、我那覇響ちゃんのシャツで行ったわ。

 

郡司:輝きの向こう側に行ってるね……。

 

𩵋:うまいこといわんでええねん。

 

郡司:でもそういうの一回やらないとすっきりしないよね。俺もコミケにチェックシャツをインして(ステレオタイプ的オタクの格好)いったことあるわ。ズボンにインしてね。

 

𩵋:それは“本物(ガチ)“じゃん

 

郡司: (^^)

 

あきらかに私の位置に鹿が立つ

 

𩵋:見逃してた おもろいな。

 

郡司:オープンワールドゲームで起きたバグみたいな景にひかれました。

 

𩵋:それうけるな。

 

郡司:私の位置に鹿が立つってのが、鹿が私のすごい近くによってきているとも解釈できるのだけど、個人的にはバグって私と鹿のオブジェクトが重なっている感じのほうが不気味でおもしろいと思う。〈あきらかに〉であえて説明的に視点を俯瞰したところに持っていくことで、私と鹿を観察している私がいる、みたいなシュールな構造を作っていますね。

 

𩵋:〈あきらかに〉の俯瞰はすごいよね。なんか『ちびまる子ちゃん』のナレーションくさいね。

 

郡司:まるこ「あたしの位置に立ってるのはなんなのかね」ナレーター「あきらかに鹿である」

 

𩵋:(爆笑)

 

郡司:まることナレーターのやりとりが飛躍しすぎててやばいw

 

𩵋:おもろいなそれ〜。(爆笑)って書くしかないくらい笑った。

 

郡司:そっちはぱっとみでどう読んだ?

 

𩵋:なんか奈良の鹿を想像して、人の通り道に鹿、土の地面に主体、みたいなシンプルなイメージだったな。

 

郡司:寝てる主体の上に鹿が立ってるってこと?

 

𩵋:いや、境内って石畳みに対してすぐ横に土の地面で、ある意味レッドカーペット的じゃん。

 

郡司:理解。そこが本来なら私の位置ってことか。いやさ、私の上に鹿が立ってたら完全に『日常』のだと思った笑。

 

𩵋:『日常』わかるなあ。

 

郡司:絶対『日常』でそういうコマあるやろ。

 

𩵋:あらゐけいいちさんの絵ってそういうのだよね

 

郡司:(あらゐけいいちのLINEスタンプ) この上に鹿みたいな。

 

𩵋:はーwwwww わかるーーーーーつうかまじであった気がする。

 

郡司:いろいろとわかってしまったな……。

 

いうれいは給水塔をみて育つ

 

𩵋:寓話的だけどなんか別にファンタジー振りじゃないのは給水塔の業務感かな?業務感って言ってわかるかなこの、コンクリートむき出しっていうか。だから水場と幽霊ってついてそうだけどこれはうまい回避(脱臭?)なんだよね、間に物理的なコンクリートがあるからね。

 

郡司:ふるさとの山/川/海をみて育ったみたいなことはよく言われるけど、この句にはもう死んでる幽霊がさらに成長していくおもしろさと、給水塔をみて育ったのか……という困惑がある。説明するのが難しいけど、個人的には初読の印象は切ない感じだったな。なんかこの幽霊って地縛霊っぽくて、ずっと給水塔の近くをうろうろしたまま何年も経っちゃったのかな……みたいな。それか別の読みだと、幽霊全般は給水塔をみて育つもんやで、みたいなことを言わんとしてるのかなーとか。まあどっちにしてもなんか切ないっす。

 

𩵋:そうね......。

 

郡司:〈幽霊〉と〈給水塔〉と〈育つ〉の言葉の連関が「ぼくたちの架空の団地生活の思い出」みたいなノスタルジーを連れてくるのよな。

 

𩵋:最初に全体のイメージで話した寂しい部分。給水塔のなんらかの事故で死んでしまった子供の幽霊じゃないことだけ願っとくか。

 

この秋のをはりの旗を配らるる

 

郡司:旗って配られるとなんかうれしいっすよねーっていう。秋だし運動会の一場面かな? 〈をはり〉が晩秋ともとれるし〈をはりの旗〉(優勝旗?)ともとれるのがうまいと思う。
もちろん場面をあまり限定しなくても読めて、季語の神的なやつから旗を配られたみたいなイメージでもおもしろがれるし、仕事かなんかで旗を持たされているとも解釈できる。
どちらにしても旗を配られたときの謎の高揚が伝わってわくわくするね。あとやっぱり言い回しがかっこいい。〈この〉から入るところとか。

 

𩵋:うわー優勝旗の解釈いいね。なんかそれまで一致団結して頑張ってきたクラスとかが「俺たちの秋が終わった(ダブル罫線)(余韻)」みたいなのね。
僕は結構抽象的に読んだかな。節目としての旗なのかなって、でも旗ってそれだけでモニュメント的なあれがある感じするよね

 

郡司:うん、基本は抽象的な句だと思う。ほどほど詩的なワードにしつつ、かつ実生活にもそれなりに絡んでくる語として〈旗〉を選ぶ丁度よさがある。

 

あした日に焼けた体がここにある

 

𩵋:この句は僕らの作句会でも一回話題に出してもりあがったよね。シンプルに面白いんだけど、面白いだけじゃなくてこれは〈日焼け〉の把握がまじでテクすぎる!天才ハッカー黒画面緑文字コマンド音速タイピングくらいテクい。
経過を予測する詩情なんて信じられん...でも確かにそこには夏の諸々と楽しそうな人たちが見える...これを詩情といわず何と言おうか...あってたまるか...(反語の嵐)

 

郡司:未来ー過去ー現在がごちゃまぜになっている感じおもしろい。時制的キュビズムといえばいいのか。〈経過〉を意識させる季語だからバチっときまってるんかな。

 

𩵋:そう。季語の把握がすごいと思う。語彙力がなくてそれ以上いえんけど、これは〈日焼け〉の把握がすごい。

 

郡司:実はこの句読むまで〈日焼け〉に対して俺は〈経過〉をあんまり考えてこなかったというか、焼け終えた体しかこれまでイメージしてこなかったから、あらためて季語の持つ含みを教えられたって思うわ。

 

𩵋:そうなんですよ。僕も全くそうです。ていうか、日焼けって、日焼けしてはじめて日焼けになるんだよね。

 

郡司:日焼けしてはじめて日焼け……そうなのよ……日焼けの日焼け性が迫ってくる……。

 

𩵋:この句はもう止まらんのですよ。僕たちは日焼けをするたびに、昨日の体は今日の日焼けになる体だったなと思い返すんですよ。この句を読んでしまったがが故にね......。

 

郡司:罪深い俳句だなおい。夏が楽しみだわ。

 

𩵋:ほんとにね。これは多く語れてよかった。

 

かなかなという菱形のつらなれり

 

郡司:これはみんな引いてるけど、まあベタにおもしろい句ですよね。かなかなってヒグラシの鳴き声のことだけど、ここでは同時にヒグラシそのものも指してる。そんで絶妙に記号化されたセミがつらなっているという。菱形がウケるよな。確かにセミを記号的に書くなら菱形になる笑。聴覚的刺激と視覚的刺激のまざる感覚が気持ちいい。

 

𩵋:たしかに菱形だよな。わかる。引かせてもらった句に少し触れるけど

蜥蜴ゆく早さに喉をとほる水

もたしかに蜥蜴ゆく速さだなって思うし、モチーフへの魅せ替えみたいなところが巧みだよね。刺激の交差が気持ちいいのすごくわかるな〜。つうか 『アンパンマン』でばいきんまんがかなかなビームしたらサイケな菱形だろうね。

 

郡司:置換うまいよな。あとばいきんまんのサイケなビームわかる。ダイサイコみたいな感じやな。
(ダイサイコ:ゲーム版ポケットモンスターにおけるエスパータイプスペシャル技。)

 

𩵋:例えまくるのうけるな。

 

郡司:あと、この菱形がつらなる感じは若干イクニチャウダーの演出っぽさもあってなんかおしゃれなのよな。

 

𩵋:(また例えんのかい)あんまり詳しくないけど『輪るピンクドラム』の原作者さんのペンネーム的なやつだっけか?架空の創作グループの名称みたいな。

 

郡司:そうそう、これのセミバージョンみたいな。


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𩵋:お、なんかおもしろいね!これは今この記事を読んでくれてる人にもぜひ調べてみてほしいね。

 

郡司:せやな~。てかなんでこの句ってやたら引かれているんだろう。

 

𩵋:〈つらなれり〉の収まりの良さとか韻律でも気持ち良いよね。

 

郡司:ふむ。

 

𩵋:でもこっち

海鼠ころがり遠メガホンの何か言ふ

みたいな叙情もすきだな。

 

郡司:海鼠に熱中している感じええな。

 

𩵋:うち田舎だからよくわかるけどさ、まじで何言ってるかわかんねえんだよな。

 

郡司:wwwwwwww

 

𩵋:あれ意味ないよ。しかも休日の朝10時とかにやるんだよ。あれどうなってんのよ。みんな寝てるだろ。(と言いたいところだが感覚的に田舎の10時は東京の13時である。)

 

郡司:しかもしゃべる間が短くて被るんよな。

 

𩵋:ほんとに......ていうか今回ほんとに自由に話したね。ほんとに焚火の雰囲気だった。

 

郡司:焚火のよさ出てたね。

 

𩵋:ということで!ここらへんで終わりましょうか〜。みんな絶対『エレメンツ』買うんだZE!

 

郡司:お疲れさまでした~。

 

 

 

 

郡司和斗

本野櫻𩵋