【第一回】津川絵理子句集『夜の水平線』

 

 

 

郡司和斗選十句
近づいてくる秋の蚊のわらひごゑ
冬に入る古墳は水に囲まれて
吾を映すあたらしき墓洗ひけり
断面のやうな貌から梟鳴く
蜻蛉すいと来て先生の忌日かな
おとろへし太陽を負ひ秋の蝿
賀茂茄子のはちきれさうに顔うつす
永き日の桶をあふるる馬のかほ
木の実降る一頭づつの馬の墓
水に浮く水鉄砲の日暮かな

 

本野櫻𩵋選十句
巫女それぞれ少女に戻る夏の月
橋脚は水にあらがふ夏燕
斜めにも揃ふ千年仏涼し
秋の虹干すときも靴そろへられ
雪原の足跡どれも逃げてゆく
墨当てて硯やはらか百千鳥
春寒き死も新聞に畳まるる
病院の廊下つぎつぎ折れて冬
葉桜やもう鳥をらぬ籠洗ふ
自転車とつながる腕夏はじめ


𩵋:始まったな!!!(バカ声量)


和:というわけで、よろしくお願いします。郡司です。記念すべき第一回に取り上げるのは津川絵理子さんの第三句集『夜の水平線』です。事前にお互い10句ほど話したい句を選んできているわけですが、まずは読み通した感想からいきましょうか。桜魚さん、どうだった?


𩵋: 息が詰まるというか、他の方の感想を読ませていただくと剣豪のような句集だと仰っている方もいましたが、本当にそんな感じがしました。言葉の切れ味が高くて一句一句に斬られてく感じですかね。それだけ空気感が張り詰めているということだなと。逆にどうでした?


和:そうねー、すごいバカなこと言うんだけど、ひたすら上手い俳句が並んでて怖かったね。〈剣豪のよう〉って喩えはよくわかる。魔法使いとかじゃないんだよね。ただ『夜の水平線』レベルで研ぎ澄まされてくると刀から斬撃が飛んでくるから、実質魔法も使えるみたいな感じになってる気がする。つまり何が言いたいかっていうと、津川さんの俳句は一見素朴に俳句的な上手さを追求して作られているようにみえて、めちゃめちゃメタ的に〈私は俳句を書いている〉という含みがあるようにもみえてくるってことっすね。なんとなくそんなことを読み通して思った。


𩵋:それって普通なら語彙の話に行きがちですけど津川さんの場合は世界の広げかたというか、把握がめちゃくちゃ広い、景色が広いといえばいいのか、俯瞰視点がもう一個用意されてて『自分がこう行動したからこういう句にした、のを見ている視点』みたいなところも感じる気がしました。さっそく具体的に一句一句はなしますか。


和:そうね、句を読もう。……てか一句も被ってないね。


𩵋:ほんとだ!


和:じゃあ、俺のほうから交互にみていきますか

近づいてくる秋の蚊のわらひごゑ

和:秋の蚊の、夏よりは落ち着いている感じがなんかフィットしてるように思ったね。たぶん夏まっさかりのときの蚊に対しては〈わらひごゑ〉って捉える余裕はないんじゃないかな。〈近づいてくる〉も謎の緊張感があって蚊特有の背筋がゾクゾクさせられる感覚がよみがえってくる。


𩵋:確かにね。〈わらひごゑ〉っていうのも面白おかしく聞こえるけど、最後の力をという切なげな感じもしますね。


和:そう、なんか切なさもある。

 

𩵋:じゃあ次に僕の推薦句、これもいいですよ。

巫女それぞれ少女に戻る夏の月

𩵋:巫女という器、もっと簡単に言ってしまえば「属性」では、女性として把握する部分が大きいので「個」を感じないというところを見つけていて、その上で巫女が少女に戻ると。巫女装束を脱いだ1人の少女が月に照らされていると、少女でありながら神に仕えるものとしての妖艶さも現れています。儚くて儚くて、変な意味ではないんですがこういう少女の書き方は性癖です。『TIME』っていう映画にアマンダ・セイフライドさんが出演してるんですがなんかちょっと思い出しました、直接的に似てるわけではないんですが。少女については何も語られていないのにちょっと退廃的なイメージすら想起させてくる夏の月はやっぱり匠だなと。


和:すごく場面が映えてるよね。君の名は。とかでもこんなシーンあったような。地域のお祭りかなんかだと思うけど、エスニックな伝統と月の組み合わせは何周してても安定して良いよね。


𩵋:君の名は。みてないけどわかるわかるそういうイメージ。


和:そんな感じで、じゃあ、次いきますかね。

断面のやうな貌から梟鳴く

和:そんなに説明することもないんだけど、やっぱ観察がうまいなと。梟の顔ってぺたんこで、確かに切断面みたいだし、納得感がある。


𩵋:もうこれに関しては「間違いない」っていう感じがすごいな。


和:そう、間違いない感じ、もう何もいじる余地がない。同じ作者の《見えさうな金木犀の香なりけり》くらい間違いない。梟そのものの妙な不気味さみたいなものも〈断面のやうな顔〉って導入で表していてなかなか、思わず膝を打つ措辞だなーと。


𩵋:この句に限らないけど、物のイメージみたいなところの「他の語彙への転換」がめちゃくちゃ的確ですよね。不気味→断面みたいな。


和:微妙に抽象的な世界なんよね。


𩵋:それでいうと

斜めにも揃ふ千年仏涼し

もそうなんだよ。〈斜めにも揃ふ〉って見ればわかるけど本当にそうなんだよ。これも納得感がすごい。そして斜めですら揃うことによる仏教の「正しさ」みたいな不気味さもある。千年仏の圧倒的な存在の壁に人為的な不気味さがあること、言われてはじめてなんかゾクゾク気づいてこない?


和:そうね、ちょっとぎょっとする。ああいう仏さまが置いてある空間の静謐さと不気味さを切り抜く上で〈斜めにも揃ふ〉は良い言い回しやなあ。


𩵋:〈涼し〉もちょうどいい。


和:ではちょっと涼しそう関連で。

永き日の桶をあふるる馬のかほ

𩵋:これまじですき。


和:たぶんお馬さんが水を飲んでいる場面だと思うんだけど(餌かもしれないけど)、〈あふるる馬のかほ〉って言い方がダイナミックでよかったね。馬の命がきらきらしてる。


𩵋:うっわあああ〜その評にもやられたな。本当に生命感がね、わかるわかる。


和:永き日がほんとに永いというか、命の一瞬の輝きが永遠に感じるアレですよね。


𩵋:これ季語が相当いいな。


和:背景の緑とか馬の喉仏の動きとかまでみえてきて、グッと来た一句。季語がね、ほんますこ。


𩵋:句集読むとき、テーマが見える部分はなるべく流し読みしないように結構慎重に一句一句みるけど、馬連作すごいよかったな。他にも

水を飲む馬の眼張りぬ冬の山

これなんて事ない景だけど、実感でしか詠めないとおもったな。内容としては掲句と似てるけど、またひとつ視点を落としたというかグッと寄ったカメラワークがよかった。


和:眼、ぎんぎんやな。


𩵋:ぎんぎんよ。


和:その流れで

木の実降る一頭づつの馬の墓

が来ると、ちょっとウッとなるよね。馬への賛辞よ、〈木の実降る〉。


𩵋:あ、その読みすごい良いですね。なんか循環がありますねそれ。


和:それそれ。命が一巡してるね。


𩵋:これは気づけてよかった。


和:馬飼ってるの?ってくらい馬の一連よいっすね。


𩵋:よかったな命の読み方、すごく優しい印象があるな。


𩵋:これもうシンプルに凄い句なんだけど、少し深く読もうとすると広がるなと。

春寒き死も新聞に畳まるる

人によって別れそうだけど僕は優しいなと読みました。というかむしろこれを風刺ぽく読む必要はないなと思いました。誰かにとって畳みきれない真新しい死を、印刷するときに畳み、届けるとき畳み、読み終えて畳み、捨てるとき畳むわけで、それぞれ関わり、死を経ることには長い目でみたら優しさがあるのかなって。


和:アイロニカルに処理するだけじゃなくて、桜魚さんが今言ってくれた読みをしてはじめて膨らみのある句になるね。


𩵋: じゃあつぎぐんちゃんどうぞ。


和:そっすね、じゃあ

冬に入る古墳は水に囲まれて

なんかこの句は急に視点が広くて気持ちいいよね発見もいいし。なんとなく、日本のエスニシティと季節をやんわり接続させつつ、最後はデカイ引きの景色で落とすところに感動があって、結構身近なことを書くのが多かった句集のなかでは目を引いた。やっぱデカイってなんか無条件にいいよ(バカ発言)。はじめて古墳を見たときの謎の感動がよみがえってきたね。ええー!これが墓!?みたいな。


𩵋:完全に理解した。でかいの最高だな。


和:UFO目線みたいなね。次いきますか。

 

病院の廊下つぎつぎ折れて冬

𩵋:句集を読んでるとき、なにが折れたのかかなり気になって相当考えて、多分単純に何度も廊下の曲り角を歩いてるんだと思うんだけど、これはね、「廊下」で切れて、見舞客がお辞儀してるとも読めるよね。病院の廊下ってみんなお辞儀してるんですよね、見舞客にも看護師にも全員が全員おじぎしてて。


和:確かに。その景色の想起性は高いかもね。


𩵋:この読み自分でかなり面白いと思ったから共感してもらって嬉しいなぐへへ(照)////


和:病院のディメンションってなんか歪んでいる印象があるから、廊下も折れつつ人も折れつつ、みたいな、どっちもいけますわ。


𩵋:そうでしょ?(笑)


和:なんとなく病院からの連想で、

蜻蛉すいと来て先生の忌日かな

もおもしろい。蜻蛉と誰かの忌日の組み合わせ事態はありそうなんだけれども、この句の良さは〈すいと来て〉で、蜻蛉に対する解像度を余計に上げなかったことがポイントかなあと。


𩵋:うーん制御が効いてますね。すいと来る蜻蛉みたいな先生だったんですかね。


和:いやね、結果的に良い句になってるから、〈すいと来て〉はメタ的にはくそ上手いんだけど……。先生はそうねー、そんな先生かもね……。


𩵋:そこは重ねない方が面白いかな(笑)。


和:さっきの病院の先生かもよ。


𩵋:お、つながったじゃん(笑)。……では最後、いきます!

自転車とつながる腕夏はじめ

𩵋:超熟パンのCMってこんな感じですよね。すごく清涼感があって爽やか。ということで季語が良い。〈つながる〉という部分から、結構スピードを出して緩い坂を降ってるのかなと、肘をぴんと張ってぐんぐん進む、読んでるだけで風まで顔にかかってきそうな。レトリック的にも、鴇田智哉さんの「ぶらんこをからだの骨としてつかふ」に通じるものがあって、こういう人体の捉え方、好きだな〜。


和:十句選するとき水鉄砲の句とどっちにするか悩んだ句だ。完全にぼくのなつやすみ状態。


𩵋:僕も水鉄砲と悩んでこっちにしました!


和:〈つながる〉はすごいなー、鴇田さんの句との連想もわかる。同化に近いところまでいくんだよね。自転車ともつながるし、夏ともつながる感じ。身体の拡張ってかなり現代的なテーマだと思うので、ただのノスタルジック俳句ではないというね。


𩵋:「ノスタルジックで消えない詩」っていうのはこの句集のおおきな魅力かもですね〜。


和:全体的にそういう傾向の句は多いと思うんだけど、ぜんぜん消えない。


𩵋:これが最初に言ってた真空波か?!


和:という感じでいい初回でしたね。ここらで〆ということで、おやすみなさい。眠れない夜にやりとりが加速していくのエモかったなー。


𩵋:最高だったな!!!(バカ声量)

 

 

 

郡司和斗
本野櫻𩵋


※句の引用は、すべて津川絵理子『句集 夜の水平線』ふらんす堂発行に拠る。